瀬田ゼミ生、被災地をめぐって奮闘中2011/10/17 08:41

釜石の曳舟まつり
東京は10月半ばの思わぬ暑さ。
先の台風で葉が落ちた桜が咲いたようです。
15日、釜石では曳舟まつりが行われました。
たった2隻でも、地元の人には大きな力になったことと思います。

大学生活もはや後期。瀬田先生から近況報告が届きました。
手探りで進んでいく、若い力を感じます。


今年のゼミ「東北被災地ふるさと研究」は9月から後期に入りました。
やむを得ず後期の参加を見送った学生も出てきましたが
今は13名に固定し、議論も徐々に活発化しながら進んでいます。
夏から秋にかけて、
自分で決めた被災地を第二の故郷にするべく足を運んだ人も多く
小さなボランティア活動をしたり、
現地で出会った人に聞きとりをしたり、
少しずつですが、話にもリアリティーが出てきたところです。
「やっと」の感もしますが、
この「やっと」がふつうの学生にはとても大事なところだと思っています。
  
飯館村の移転した仮役場に話を聞きに行って、最初は怪しまれて戸惑った者。
東北3県に入らないため、
被災状況が全国的には報道されなかった茨城県の町に行った者。
あの怖ろしい経験をした海辺の町への、
愛おしささえ芽生えてきたと口にする人もいます。
一人で行こうとしても泊るところがなく、
お父さんが心配で、自分も一緒に行きたいと言っているが、
どうしようという女子学生もいます。
わたしは「いいチャンス。車がいる。この際はお父さんの車で行って、
現地でそれぞれ自分の関心で行動したらどうか」と提案したりしています。
わたし自身、ボランティアをするには体が言うことをきかず、
足手まといになるからと逡巡していたのですが、
「目に焼き付けておくだけでもいいから、
今来て」という声に動かされて現地に行きました。
以後、やはり毎日のニュースに対する関心の度合いが違ってきます。
 
かまぼこの会社に行って見てきました、聞いてきました、という、
ちょっと空気の抜けたようなことを「発表」する学生もいますが、
その態度のどこがおかしいかということもまた、学生同士の議論の対象にしています。
きっとそこから再スタートしてくれるものと確信しています。
 
そんなこんなで、自分のふるさとづくりもようやく「本番」といったゼミの現状です。
どこに行きつくか不安もありますが、
それ以上に強い期待をもってこれからも進んでいこうと思っています。

瀬田勝哉

一本松と末の松山2011/08/30 09:51

陸前高田の一本松
東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた岩手県陸前高田市。
その海岸線に広がっていた「高田松原」は、
緑の松林が白砂と碧い海に映える、東北有数の景勝地でした。

弓なりの砂浜に、地元の豪商が松を植えたのは1667(寛文)7年。
全長2kmの防潮林として、
明治・昭和の大津波やチリ地震から陸前高田を守ってきたのです。

それを根こそぎさらってしまった10mを超す大津波。
7万本の松の中からたった1本だけ残った「奇跡の松」は、
市民の希望のシンボル。
枯らさないだけでなく、
次世代を残す接ぎ木など、様々な努力が続いています。

一方、東北の歌枕として知られる「末の松山」は、
869(貞観11)年の巨大地震をはじめ、度重なる津波に耐えた松山として、
10世紀初頭の古今和歌集の時代から繰り返し、都人に詠まれてきました。
たとえば、後拾遺集に載り、百人一首にもある次の歌などが知られています。
(作者は清少納言のお父さん・清原元輔)


ちぎりきな かたみに袖をしぼりつつ、末の松山 浪越さじとは


末の松山の正確な場所はわかっていませんが、
宮城県多賀城市八幡の宝国寺の推定樹齢480年のクロマツが、
その名残とみられています
こちらは海岸線ではなく、小高い丘の上にあるため、
今回も浪が越すことはありませんでした。

9月1日を前に防災への関心が高まる中、
歴史から学べる防災の知恵が、もっと活かされるといいですね。

瀬田ゼミの展示2011/06/27 15:20

武蔵大学図書館で、瀬田ゼミの展示が行われています。
場所は1階の入り口から入ってすぐ。

被災地を岩手、宮城、福島の3地域に分けてグループで担当し、
各地の被災の状況や被害が大きくなった原因などを調べたもの。
学生さんたちの手書きの文字がいい味を出しています。

瀬田先生の発案で図書館が新たに購入した、
被災地の市町村史(誌)は120冊を超えました。
平成の大合併で消えた旧町名のものもできるだけそろえたそうです。
展示されているのはほんの一部ですが、
それだけに、今回の震災の被害の大きさが感じられます。

明治時代の被災の様子を3回にわたって伝えた
「風俗画報」(復刻版)も貴重な資料。
避難所のスケッチは現在の苦境そのままで、
災害に学ぶこと、歴史を忘れないことの
大切さが身にしみます。

展示期間は3週程度の予定でしたが、
7月中頃まで延期される見通しです。
梅雨の合間、久々に母校を訪ねてみてはいかがでしょうか。

ただし、久々の図書館はIT化されてとまどいも少々。
カードがないと入れません…。
でも入り口脇のブザーを押せば、カウンターの人が対応してくれます。
OBなのですから、堂々と訪ねてみてください。

畠山さんから葉書が届きました2011/06/20 11:11

NPO法人 海は森の恋人のHPより
畠山重篤さんから、「旧木ゼミ御一同」宛で葉書が届きました。


拝復 新緑の候、
 皆様におかれましては益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。

 さて、この度当地を襲った東日本大震災に際しまして、
早々に温情あふれるお心遣いを賜りましたこと、
誠に有難く衷心より御礼を申し上げます。

 この度の震災により三陸地方は想像を絶する被害を受け、
また私共の気仙沼市唐桑町舞根地区では、五十二戸中、四十四戸が流失、
二人の方が亡くなられ、未だ行方の分からない二人の方の捜索が今も懸命に行われております。
 このような状況下、喪に服しながら私共も、復興に向けてゆっくりと新しい歩みを始めました。
 六月五日には、震災後も変わることのない森と川と海との連環、
そして皆様の多大なるご支援により、大勢の参加者を迎えて第二十三回森は海の恋人植樹祭を開催することができました。
 一日も早い三陸の復興、当地方、並びに水山養殖場の復興に力を尽くして参ります。
 長い道程ですが、今後も皆様のご支援、ご協力を賜ります様、心よりお願いを申し上げます。

 早速拝眉の上御礼を申し上げるべきところですが、
 取り急ぎ書中をもって御礼ならびに現況のご報告まで申し上げます。           
                                           敬具
    平成二十三年六月
                        漁師  畠 山 重 篤

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「漁師 畠山重篤」という名乗りには、覚悟は決めたという強い決意が感じられますね。
瀬田

畠山さんの活動の詳細は下記のホームページで見られます。
http://www.mori-umi.org/

被災市町村史(誌)の展示開始2011/06/09 11:41

以前お知らせした瀬田ゼミの展示が武蔵大学図書館で始まりました。
展示期間は6月6日から3週間程度です。
日本に大きな変化が生まれつつあるこの年、
久々に古巣に足を運んでみませんか。

瀬田先生からのお便りです。

さて私たちの「日本環境文化史ゼミ」の「被災地市町村史(誌)展示」ですが、
まさに突貫作業で、とにかく6日(月)から開始しました。
大学図書館を入って右側のスペースをもらいました。
岩手、宮城、福島の3班がそれぞれ自分たちで考えたストーリーで展示しました。
全体として話し合うというより、
各班が個別に打ちだしてきたことでバラバラが目に付いたり、
内容的にも整理されていなかったりと、不十分さは一杯ありますが
何といっても、知らない者同士が集まってゼミを開始して
40日弱でこれだけのことをやったというのは
十分評価してあげていいのではないかと思います。

彼らなりにいくつも小さな工夫をしているところなんか、うれしいですよ。
私も知らなかったことが多々あって、
普段気にもかけずに通り過ごしていることに気付かせられましたね。

市町村史にしても、なんでここがこんなにも分不相応に
大金を使ったどでかいもの作っているんだと思ったりしました。
それに対して宮城の『志津川町史』(現南三陸町)なんか
「市町村史」とは思えないようなタイトルをつけて、
郷土に対する思いを表現しようとしているのもあって
そんなところがやられてしまったことに、改めて慄然としたものです。
『石巻の歴史』なんかあんまり充実しているので
つい「日本の古本屋」で探して個人的にもバラで買ってしまいました。

学生たちはこうやって一歩を踏み出したことで
「行ってみたいよね」とか「話きいてみたいね」と会話しています。
展示期間は3週間ほどもらいましたので、まあ時間があれば見てやってください。
これからどんなゼミになっていくのか
私にとって武蔵最後の年ですが、気合も入ってきたというところですね。